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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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アチェからの連帯のメッセージ
2004年12月26日(日)、筆者は忘れられない。東日本大震災を遥かに上回る、17万人という犠牲者が出た
スマトラ沖地震と津波。日本の津波被災者に対する、連帯の意思表示が波紋を広げている。
昨日3月18日(金)、州都バンダアチェ(Banda Aceh)の中心部にあるブラン・パダン(Blang Padang)広場で、
犠牲者を悼む市民の集いが開かれた。「ACEH December 26, 2004 FOR JAPAN March 11, 2011」。
アチェは忘れない。日本からの、あの温かい支援の事を。

130053516341016210131.jpg
バンダ・アチェの子供が、市内の「世界にありがとう広場」(Blang Padang広場)で、日の丸を手に、日本の
津波被災の早期復興を祈った(2011年3月18日・『Serambi Indonesia』紙から)

筆者のいとこ Mrs/SAKURA NARUKAYAさんの孫、DivaちゃんとDaisyさんはおよそ10mの津波を受けたが、
二人とも運良く助かった。しかし、妹の当時6才の三女は津波にのまれ亡くなった。

写真はDivaちゃん(2007年当時)
Diva寂しUP のコピー

あのスマトラ沖津波は、筆者の私たちファミリーとMrs/SAKURA NARUKAYAさんファミリーと強い絆で結ばれた。以来、二度の来日と筆者は3度に渡りアチェを訪問した。Divaちゃん父であるDr.Ir.M.Dirhamshaさんは、
地元の国立大学SYIAH KUARA UNIVERSITYの傘下のTSUNAMI AND DISASTER MITIGATION RESEARCH CENTER
の所長として、また津波研究者として忙しい日々を送っている。

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