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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表者兼プロデユーサーである。
祖父 吉丸一昌が書いた「早春賦」を顕彰している。

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早春賦をテーマにしたドキュメンタリー映画、各地で好評上映中!
私たちは「二つの故国をつなぐ歌〜Diva早春賦をうたう〜」を現在各地で上映しております。このブログでは、映画の製作状況、撮影中のこぼれ話、また上映時の反響などをご紹介していきます (2007年3月映画完成)
神戸大震災の思い出
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒、淡路島北部を震源として発生したM7.3の兵庫県を中心に大きな被害をもたらした。特に、神戸市街地は壊滅状態に陥った。死者 : 6,434名 が亡くなった。今日、13回目の震災記念日である。13年前の朝のテレビニュ-スが今でも脳裏から離れない。7時のNHKのニュースはあちこちから上がる煙り。神戸の空撮だった。
親友の中村忠夫君が神戸の灘区に住んでいるのですぐに電話を入れた。話し中である。延々といつまでも話し中が続いた。間もなくして信州の友人達からの安否を気遣う電話である。
私たち信州の高校時代の気のあった同級生9人で「辰巳会」という親睦会を作っている。被災した中村君も一人である。彼と連絡がつかないまま、日中のテレビはどこのチャンネルも神戸の惨状を写していた。その日、私は愛知の豊橋技術科学大学でビデオ制作の打ち合わせの予定があった。新幹線も名古屋止まりになっていた。誰からの情報だったか記憶が薄れたが、公衆電話からだと電話が出来るという情報を得た。早速試した。本当だ。中村君の声が受話器から聞こえた。無事だった。
その10年後、インドネシアのアチェを震源とする大地震と大津波が起きた。私の脳裏には10年前の神戸大震災の思い出が蘇ったのだ。
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