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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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文化庁の試写が終わる
昨日はドキュメンタリー映画が名実とともに完成した。15時から横浜の反町にあるヨコシネD.I.Aで文化庁の審査試写である佐伯調査官がわざわざ横浜迄来ていただいての試写である。
製作に関わっていない第三者が始めて見る試写として緊張した。佐伯調査官はドキュメンタリー映画を専門に審査をするベテランの方だ。試写後どのように感じていたか興味があった。しかし作品については一切触れなかった。年度末とあって助成された数多くの作品を試写してきたと思われる。
佐伯氏は「甲飛会には私の父もいたのですよ。ソロモンの方に行っていたようです。庁のものにも観るように言っておきます。多くの人に観てもらってください。」と。氏は好意的に観てくれたのではと私なりに感じた。
夕方、6時に以前からこの作品に対して記事を書いてくれるようにお願いしていた読売新聞の社会部から取材記者が来社した。朝刊の都内版に載せていただけるようだ。1時間半ほど私たちのこの映画に対する想いを素直に聞いてくれた。ポスターをバックに写真を撮るかと思ってポスターを目立つようにと壁に貼ったが、写真は作品の中で関係あるものが欲しいとのこと。撮影した写真を送付するように約束した。
文化庁の試写、読売新聞の取材等「濃厚な一日」だった。
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16ミリフイルムの映写
文化庁審査官への試写は16ミリフイルムで試写しなくてはならない約束事になっている。ビデオの「綺麗な映像とくっきりした色彩」という意識が我々には根付いてしまっているため、16ミリフイルムの色彩は新鮮に見える。ビデオカメラにはフイルムルックという設定があるくらいだから我々にはまだフイルムへのあこがれがあるのだろうか。
30日に文化庁の審査官が見る前にスタッフだけで見るゼロ号試写を横浜のヨコシネD.I.Aで行なわれた。ゼロ号を見て製作スタッフから修正ポイントを現像技術者聞き修正して初号プリントになる。

フイルム試写

16ミリ映写機

電気が消され、暗くなり、映写機のカタカタという音が聴こえ、一筋の光が映写幕に映される。私が一昔前に味わった感触である。私の若い頃はほとんどがフイルムで撮影し、こうしてプリントにした。
  気がかりだったオープニングで思わず「お!」と思った。黒の締まりが良い。ビデオの場合、いろんなモニターが在り、見るたびに違ってしまうのだ。フイルムは何時も同じ状態で見る事が出来ますと現像の担当者が言う。前作「二つの故国をつなぐ歌」でもフイルムに変換した。残念ながら一度も映写する機会がないままである。今回のフイルムの上がりは色彩もしっとりして良い。音声もフイルムに焼き付けられているモジュレーションから流れる音が味わい深いものになっている。
映画「語らずに死ねるか」のNEWブログが近々公開!
ドキュメンタリー映画第二弾「語らずに死ねるか~無名の元兵士の声~」が完成したことで、新たにブログを製作しました。これまでは「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」のブログの軒を借りていましが、近々オンエアーします。今迄の「二つの故国をつなぐ歌」のブログも継続し、特にインドネシアのアチェの情報を適時掲載していきます。
 
下記の映画のチラシは我が社のメデイアデザイン部門が製作しました。なかなかの出来映えと思いますが如何でしょうか。
既に使用しているチラシは、今回の完成試写会のお知らせを目的に製作したものです。

chirashi_f_090323.jpg
チラシの裏面です。
chirashi_b_090323_out.jpg

1枚目のポスターが出来た
語らずに題字決定案

映画完成試写会の案内のダイレクトメールを先週送付したが、前売りのチケットの注文の電話がかかって来ている。約500枚からのダイレクトメールを主に共同製作をする「戦場体験放映保存の会」から400通、私と会社の関連者へ100通を送付した。400通の殆どは「戦場体験者」のおじい様が多いから朝の9時頃から電話での問い合わせが圧倒的に多い。
紹介するポスターの題字を書いていただいたのは加古川市在住の岡田義治さんで、この映画にも出演している。先に書いていただいた題字とはまた異なり、ブログでは黒に見えるが微妙に赤色が混じり、”血色”が独特な色である。
書かれた岡田さんは92才、陸軍の衛生兵として旧満州に駐留。昭和17年除隊し、日本に帰国。当時の新聞に毎日掲載される戦死広報の名前を書き留めていた。
語らずに死んだ元兵士たちの帰還
インドネシア・ビアク島などで未だに眠る元兵士たちの遺骨を収集した厚生労働省の応急派遣団が108体の遺骨を発見して収集し、昨日(19日)、霞ヶ関の厚生労働省で遺骨の引き渡しをした。
この情報を得て、私は次回の企画を考えて、取材した。

遺骨の引き渡し-1

献花-8

我々が製作している映画は「語らずに死ねるか!~無名の元兵士の声~」。遺骨で帰還した元兵士は”語りたくても、語れないで死んでいった”。ビアク島は第二次大戦の激戦地のひとつで、歩兵第222連隊などの旧日本兵が1万人以上が玉砕した。このほど民間のNPO法人「太平洋戦史館」(岩手県奥州市)の岩渕宣輝氏が、遺骨の情報を提供し、応急遺骨収集派遣団が持ち帰った。
岩渕さん-7

岩渕宣輝氏は「帰還したくても日本へ戻れない兵隊さんたちの遺骨は戦後64年経つ今、未だに何万体もが眠っています。」と言う。この兵士たちは国の命令で出陣し、連合軍の爆撃に遭い、食料もなく、飢えとマラリヤで亡くなった。

17日 映画が完成
4月中旬を思わせる温かいお天気が続いている。もう何時でも桜の開花が聞かれそうなこの頃である。
3月17日、15時から 私たちの映画「語らずに死ねるか!~無名の元兵士たちの声~」が完成した。
完成するのは音楽が入り、ナレーションが入って作品が完成する。今回は16ミリフイルムに変換される時が完成の時かもしれない。我々はMA と言う。画像に入っている音、音楽。ナレーションなどを入れて
ミキサーと言う音声技術者(角田さん、スタジオブレーン所属)がそれぞれの音をミキシングしていく。
今回の映画の特徴は人間魚雷「回天」と猪熊さんが序章の部分で進行していく。最終章は特攻で亡くなった上原良司さんの妹・上原清子さんのインタビュー、名曲「故郷」をオカリナで演奏するシーンで感動は頂点になり、モーツアルトのクラリネット協奏曲が淡い感動を喚びながら終局に入る。
MA.jpg

今回、ナレーションは入れない事を考えていたが、編集が進むに連れて、どうしても説明しなくてはならなくなった。急遽、懇意にしている「俳協」の朝田さんにお願いして「中村啓子さん」にナレーションをお願いした。
中村啓子さん

ナレーションをお願いした中村さんは、携帯電話の音声ガイダンスでおなじみな方で「俳協」の売れっ子のナレーターの一人である。中村さんは声のイメージを大切にするため、絶対にメディアでの露出を控えているそうだ。「私のブログに写真載せて良いですか」とお願いし撮影の了承をいただいた。ブログでは残念ながら声をお聞かせ出来ません。ドコモの携帯をお持ちの方は聞いてみてください。

オールラッシュで見る作品の出来上がり
「語らずに死ねるか! ~無名の元兵士の声~」はドキュメンタリー映画として間違いなく傑作の作品になりそうな予感に満ちている。プロデユーサー,演出家、カメラマンが正に三位一体になった作品ではないかと自画自賛している。ブログ上でオープニングとエンデイングを上映会の前にいち早く紹介しよう。
回天の練習基地であった大津島のトンネルを歩く猪熊さん。

回天トンネル

トンネルに響く猪熊さんが歩く音、杖がコツンコツンと地面を撃つ音が印象的だ。そのバックに猪熊さんの声が重なる。「・・・・私は間もなく80才の誕生日を迎えます。・・・・」 開けてあの印象深いタイトルが飛び込んで来る。無名の元兵士たちのインタビューが続く。企画した当初,私は戦場体験者の話だけで果たして、視聴者は飽きないで見続けてくれるだろうか。80才以上の元兵士たちの体験には「ウソ」がないから,瞬く間に45分が過ぎて行く。これがドキュメンタリーの真実だからなのだ!
エンデイング。今年2月に新宿のあるレストランで新春の歓談会が開催され、会が終わって出席者が地図に寄せ書きを書いている。
寄せ書き1

寄せ書き2

寄せ書きを書く婦人がいた。私に話しかけて来た。「父はフリッピンの海で亡くなったんです。」
写真の中程に短い文章で「さようなら お父さん 洋子」と書いた。短い文章であるが、感動を呼ぶ一文になっている。
17日に録音作業で完成になる。
むかし,「映画って本当に面白いですね!」と言った映画評論家がいた。「ドキュメンタリー映画って本当に面白いですね(良いですね)」 ご期待下さい。

いよいよ完成間近!

IMG_4346.jpg

IMG_4345.jpg

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昨日は、案内チラシを同封したり,宛名のシールを貼る作業で事務局は大忙しだ。上映迄あと一ケ月。17日はナレーションと音楽を録音、インタビューの音声を整音などの作業。19日にはフイルムに変換するために現像所に入れ,26日にスタッフでフイルム試写をして、30日には文化庁の審査員の試写。これで約45分の作品が出来上がる。一日いち日が緊張した日の積み重なりである。
今日は1時からスタッフ試写。音楽の難波氏は始めてほぼ定尺(決まった分数の半完成品の意味)になった作品を見る事になる。ドキュメンタリー作品で音楽の役割は非常に重要である。何でもない映像が音楽でグット感情が移入される。
32年前の日本テレビ「すばらしい世界旅行」の上映会
日本テレビ「すばらしい世界旅行」から 『謎のセピック川探検』三部作(30分番組)が、再び見る事が出来る。映像記録の杉山氏から許可をいただきインドネシア文化宮(高田馬場)のご協力で、
今週、14日と28日に上映会が行なわれることになった。もし、興味のある方はご覧ください。恥ずかしながら私のミニ講演もあります。詳しくはインドネシア文化宮のホームページを見てください。

セピック探検5部作

言うなれば私のドキュメンタリー映画の原点である。32年前、未だ,私も36才、馬力があり、パプ・ニューギニアのセピック川という謎に満ちた未開地(失礼な言い方ですみません)がどんなに厳しい環境であるかも知らないで取材に入った。もちろん、映像記録の事前調査には抜かりのない制作会社でしたから、担当の野呂進デイレクターは何ヶ月もかけて調査をし、現地のポートモレスビーやセピックの河口・ウエワクには1ヶ月前に入り入念な準備が整われていた。そして、32年前の4月1日、鹿児島空港から就航したばかりのエアーニューギニア航空に乗り、私一人でポートモレスビーに入った。
「素晴らしい世界旅行」 -謎のセピック探検三部作 ○わにになった少年 ○頭がい骨と踊ろう ○殺人の呪術を見る  どのタイトルも牛山純一プロデユーサーが付けた、いかにもテレビ視聴者受けする
タイトルばかりである。ご期待下さい。
知覧 特攻隊の母と慕われた鳥浜トメさん
新宿三丁目の末広亭前に「薩摩おごじょ」という鹿児島料理店がある。このお店は40年前に知覧・特攻隊の母と慕われた鳥濱トメさんの次女・赤羽礼子さん(故人)が開いた。
赤羽さんの母である鳥濱トメさんは高倉健が主演した映画「ホタル」などでモデルとして有名な方である。

特攻隊員の母といわれた晩年の鳥濱トメさん
トメさん

また、故人になられたが赤羽礼子さんの息子の潤さんがお店を継いでいる。今でも特攻隊員の生き残りの方々が訪れている。
私たちも昨日(大雨の降る6日)に撮影で伺った。私たちが安曇野で取材した上原良司さんのことを取材するために二人の隊員の方と一緒にインタビュー撮影した。お孫さんである潤さんは幼少の頃から高校時代まで祖母のトメさんと暮らしていたのでいろんな逸話を聞いた。上原良司さんがトメさんの経営していた「富屋食堂」に来ては「日本はもう負ける」と言うのを「そんな事を言っちゃだめだよ」と諭したとそうだ。
写真右から 赤羽潤さん、関利雄さん、神保勝さん
薩摩おごじょ



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