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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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人とひとの出会い--その2
3月29日の荒川区町屋文化センターでの映画上映会は読売新聞社が主宰する読売文化センターとも言う。文化センターでは映画のような特別企画は読売新聞の都内版に記事として掲載されるからPR効果もある。佐藤さんは読売新聞の記事を見て,私のブログにアクセスしてくれた。
上映会の当日、私に話しかけてくれたのだが、上映前の忙しさでゆっくりお話も出来なかった。その後「このブログを見た◯◯さん連絡を下さい」とブログから問いかけてみた。早速、メールに返信があり、その○◯さんが佐藤さんだったわけです。私は上映前のブログに上坂冬子さんが著した「南の祖国に生きて」~インドネシア残留日本兵とその子どもたち~ という中で陸軍伍長の石嶺英雄氏について書いた。その石嶺さんを良く知る方が佐藤さんの先輩・菊山氏だった。
菊山さんは今年80才になられて、天理大学の前身である天理外国語学校馬来(マレイ)語学科卒業、野村貿易に入社され、ジャカルタ所長から,代表取締役になったとお聞きしている。そんな時代に陸軍伍長の石嶺英雄氏と深く知り合うようになったそうだ。
その石嶺さんについて上坂冬子さんは『陸軍伍長の石嶺英雄氏は私の叔父・池尻昌言が過ごしたアチェで一緒だったのではないかと推測されるからだ。氏は沖縄出身の近衛兵で、昭和18年に現地除隊となった。除隊後はアチェで農園や鉄道の仕事に従事し、アチェの女性と結婚している。』と書いている。  
 その後、佐藤さんを通じて菊山さんとお会いした。結局の所、石嶺さんと池尻昌言との接点は良く分からなかった。 しかし、天理大学OB会常任理事という現在のお立場から「天理大学で映画上映を!」というチャンスを作っていただいた。菊山さん、天理大学の国際文化学部の相馬、菅原両先生、広報部、井上さんに心からお礼申し上げます。
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人とひとの出会いの不思議さ
菊山さんと坂根さんが会場で一緒に映画を鑑賞してくれた。お二人はこの映画を通して初めて顔を合わせた。坂根さんはインドネシアの残留日本兵の皆様のYWP福祉友の会で発刊した 、 インドネシア独立戦争に参加した「帰らなかった日本兵~一千人の声~」という福祉友の会・200号「月報」を編集・発行の責任者である。
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  坂根さんは4月サクラさんが来日する直前にアチェに滞在し、しかも、アチェのホテル・チャクラドーニヤに宿泊しサクラさんにお世話になったそうである。そして、帰国した坂根さんは私のブログ「サクラさんとDivaが来日!!」という記事と写真を目にして驚き、アチェで撮った記念写真を添付したメールを送ってくれた。私のブログの取り持つ縁というわけである。「世の中は狭いですね」と坂根さんと初めてお会いした二人の一致した言葉だった。人とひとの出会いの不思議さを感じた。
  写真の左側の菊山さんは戦後間もなく、この天理大学のインドネシア語科を卒業したOBであり、天理大のニアス島小学校の復興支援に立ち上がった一人である。また、映画にも出て来る池尻昌言と関係のある「野村殖産=野村貿易」の元メダン社長の経歴と聞いている。私と菊山さんとの出会いも私の発信するブログからである。
佐藤英喜さんも天理大学インドネシア語科卒業のOBである。ついこの間までインドネシアの石油関係の企業に勤務していたそうだ。去る、3月29日,荒川区の町屋で「二つの故国をつなぐ歌」が上映されることをブログで知り、会場に来られた。翌日へ続く。
天理大学とニアス島の小学校復興支援
天理大学はあの2004年12月のスマトラ沖地震&津波で被害にあったニアス島の小学校の復興には災害後いち早く、国際文化学部が中心になり募金活動が行われた。
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また、シェ・クアラ大学とイスラーム高等学院では死者2000名近い学生教職員の人的被害に加えて物的被害も甚大だった。例えば,図書館の図書のほとんどが流失してしまいました。ニアス島での式典の後、大学の代表者は図書寄贈を行ったそうです。
こうしたスマトラ沖地震&津波災害への理解する下地があったからこそ、私たちの映画への興味もあり、上映が実現したのではないでしょうか。
天理大学の上映会 その2(続き)
天理大学のホームページを見てビックリした。
”映画上映「二つの故国をつなぐ歌?Diva 早春賦をうたう?」と吉丸昌昭監督による講演会”と賑々しくPRされているのだ。どこで間違ったのか「監督」になっているのには苦笑い。
 ともあれ、長尾君と京都駅の近鉄(近畿日本鉄道という)乗り場で合流した。約1時間後に天理に到着。天理教の本部がある宗教都市として名高い。天理大学国際文化学部は緑の多い静かな環境の中にあり、ゴミ一つ落ちていない。
今回の上映にはインドネシア語コースが中心に主催していただいた。昨日も書き込んだように100人以上の生徒さん職員の方々が熱心に映画を鑑賞してくれた。
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天理大学部OBの菊山さんとヤヤサン福祉友の会の坂根さんが一緒に鑑賞してくれた。
菊山坂根さん

坂根さんはインドネシアの残留日本兵の皆様のYWP福祉友の会で発刊した 、 インドネシア独立戦争に参加した「帰らなかった日本兵~一千人の声~」という福祉友の会・200号「月報」を編集・発行の責任者である。
天理大学で上映会とミニ講演
昨日、6月24日(火曜日)奈良の天理大学で平成20年度第3回東南アジア研究という特別講義の中で私どもの映画『二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~』の上映と講演が行われた。
今回の予定に付いてはかねてから私のブログにて案内をしておりました。関西における2回目の上映会です。大学のある天理市は京都から近鉄電車に乗り継いで約1時間。宗教都市としても有名な町である。
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階段教室には100名以上の生徒や職員、そして外部からも私たちの映画と講演のために参加していただいた。
緊張しながら講演??する私。
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監督の長尾君も一緒に講演をする。
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情けない事に、昨日の疲れが取れません。
天理大学での上映会と講演に付いては明日、もう一度詳しく書き込みます。




岩手・宮城内陸地震
岩手・宮城内陸地震の被害で宮城県栗原市栗駒温泉で温泉旅館が崩落して3人死亡したという。
2週連続の土曜日の大きなニュースが飛び込んできた。マグニチュード7という大地震である。
中国四川地震の悪夢が覚めないうちに、今度は我が国である。昨年の新潟中越沖地震から1年が経たないから余計に不気味さを感じる。
 しかし、宮城県栗原市って何処だろう。栗原市の人には悪いが馴染みがない地名である。例の悪名高い平成の大合併で10町村で出来た市だそうだ。インターネットで見つけてみた。2005年に発足し、東北新幹線で東京から2時間半。仙台から30分だそうだ。以外に近いのでびっくりした。
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皮肉な事に大きな自然災害で一躍クローズアップしてきた市名である。
あの忘れる事が出来ない2004年12月のスマトラ沖大地震&大津波で世界的に知名度がアップしたのが「アチェ」。日本のほとんどの人たちがスマトラ・アチェを知らなかった。そして、日本のほとんどの人たちがこの地名を知った。あれから、3年半、再びこのアチェという地名が日本人の脳裏から消え去った。「災害は忘れた頃にくる!」
アチェはバイク天国
武蔵境通りの野崎から神代寺植物園までは道路拡張された見通しの良い直線道路である。我が家はその道路から30メートルほど入った所にある。金曜日の夜はバイクが爆音をたてて走り抜ける。
あのアチェの週末,金曜日はお祈りの日である。「安息日」とか。やはり若者がバイクが爆音をたてて走る。バンダアチェのモスク前の交差点でカメラを構えていると家族3人、4人乗りは当たり前といった感じのバイク乗りを見かける。
殺伐とした”東京砂漠”  せめてほのぼのするアチェのバイク事情を3枚の写真をご覧下さい。
お父さんが運転手で女の子3人を乗せていた。
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サングラスをかけた子供
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良く似ているお母さん同士。姉妹か。良い笑顔です。
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今や,東京秋葉原も渡航自粛地域か
外務省の渡航安全ホームページにほんの少し前、インドネシア:ナングル・アチェ・ダルサラム州は「危険地域、渡航を自粛してください」と書かれていた。よその国から日本に観光で来る外国の方はどうしているのだろうか。我々が外務省のホームページを見るように危険喚起を促するようなものがあるのだろうか。日本と言えば世界一安全で治安が良い国と言われていたはずである。
・・・・・と思い、また外務省のホームページを見たらありました。
『インドネシア:ナングル・アチェ・ダルサラム州における誘拐事件の発生に関する注意喚起について(2008/04/30)』  
=内容は北スマトラ州メダン市からアチェ地域に入り鉛関係の調査を行っていた7名の中国人が武装した何者かに誘拐・身代金を要求された=と注意喚起する記事が載っていた。
やはり、アチェは未だ危険地域なのか!

日本の警察はテロ対策は大丈夫か
日曜日に起きた秋葉原での無差別な殺人事件(通り魔事件)は、憤りを感じる。過激な意見かもしれないが、「目には目を!」のイスラム法の刑のように犯人の男を引き回しの刑に処すべきだと真剣に思った。
 先日、インドネシアからサクラさんたちが来日する際、彼女達の滞在ビザをもらうのに来日ギリギリまで、私が身元保証する書類を整えさせられた。メダンの領事館に電話もした。
外国からの来日する人たちへの入国に神経を使う割に、国内の無差別殺人=テロがいとも簡単に引き起こされた。日本の警察はテロ対策は大丈夫なのか。7月、まじかに迫った洞爺湖サミットでは外国の要人へのテロ対策などは大丈夫だろう。しかし、サミット開催中の、その隙をついて ”頭のおかしな人間” による殺人事件=テロが起きるかもしれない、警察は阻止出来るのだろうか。恐ろしい世の中である。
JICA 兵庫での上映会
私たちの映画「二つの故国をつなぐ歌」がJICA兵庫の定期上映会で上映される事が決まった。先日,担当者から連絡をいただいた。上映は8月末(23日または30日)になりそうだ。ブログをご覧いただいている方々にはJICAという名称は既にご存知と思います。JICA理事長は緒方貞子氏で以前、国連大使だった超有名な人である。また、青年海外協力隊やODAが活躍する政府が母体の機関である。
このような大きな政府機関での映画鑑賞会での上映はすごい名誉な事である。
JICA 兵庫での上映会は年4回定期的に映画鑑賞会をしているそうだ。6月28日にもブラジル移住100周年にちなんだドキュメンタリー映画「ブラジルからきたおじさん」を上映する。私たちの映画もインドネシア国交樹立50周年と友好年にちなんでの映画鑑賞会になるもようだ。詳細は後日お知らせします。
外国人の母親との間に生まれた子供の国籍
先日の最高裁はフイリッピン人の母親と日本人の父親との間に生まれながら父親の認知が、子供が生まれた後であると日本の国籍が認められなかった。しかし、最高裁は今回そのような子供達に「日本国籍が取れる」決断をした。小学校5年生の女の子は「これで私はあこがれの婦人警察官になれる」と喜んだそうだ。戦前に生まれたインドネシアのサクラさんも父親が残した「この子はサクラと命名します。」とした日本語のメモが決め手になったであろう。戦後のサクラさんも日本国籍を取ろうと思えば可能だったのかもしれない。

四川大地震の四川料理とパダン料理
昨日の産經新聞に「四川大地震の被災地は四川料理の本場」という興味深い記事が載っていた。
ー民は食をもって天と為すー 。四川大地震は古くからこのことわざが言われてきた中国四大料理の一つ、四川料理発祥の地とか。食にうるさい人たちは、ガスや水道などのインフラが麻痺しても,各地の被災テント村では,政府が設置した共同のガスコンロや蒔きを使うかまどで料理を作りをしているそうだ。そして、コンロに制限があるために料理をいっぱい作れないから、親戚中が料理を持ち寄って一緒に食べる。「家も財産もなくしてしまったから、苦しい生活を生き抜かなければいけない、せめて食べるものぐらいは美味しいものをたべたい」と。
  3年前にスマトラ沖地震大津波で被災したアチェに行った時、サクラさんたち皆と一緒にパダン料理を食べに行った。インドネシア料理の代表的な、このパダン料理はテーブルに小皿に盛った料理がいっぱい出て来る。被災して悲しみに暮れていて食欲なんかよくあるな!と感心するぐらいモリモリと白いご飯に小皿の料理を載せて食べる。今食べている最中なのに「夕ご飯は何を食べたいか」とサクラさんは聞く。少しでもはしを休めていると「昌昭さん、はい!これと」次からつぎへと小皿をくれる。「もういっぱいです」と断っても1分もしないうちに「はい、これ」と料理を進める。肉親を亡くし,家も財産も津波で流されても、「食」に対する古くからの慣習 ”客人を心から接待すること”は忘れていない。本当に、この人たちは未曾有の災害に会ったのか不思議に思った。
六月、つかの間の晴れ間
5月はやたらと雨の多い月だったようだ。新聞によると5月が20日間、4月が17日間の降雨日があったそうだ。しかし、6月1日、昨日の朝は強い朝陽で目が覚めてしまった。散歩だ。我が家のすぐ近くに神代寺植物園があり、併設の公園の緑が朝日に映えて美しかった。今日は映画とは余り関係のない話題になってしまった。
神代寺植物園

先週は安曇野、京都と忙しい週だった。新緑が目に優しい。公園の紫陽花が咲き始めた。
紫陽花は「あじさい」と漢字で書いた方が味わいがある。漢字では紫の花が陽に輝いている花と言う事なのだろうか。写真のあじさいは白い花であるが・・・・・。
紫陽花



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