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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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津波の教材アニメ「稲むらの火」
6月30日(土曜日)曇り 蒸し暑い
インドネシア文化宮大川氏の翻訳で製作したインドネシア語版がほぼ完成し試写をした。アチェでの上映会のスケジュールが決まらないが、いずれにせよ8月のインドネシア独立記念日あたりに設定したいと思っている。上映案として私の社がお付き合いをしている教材配給会社である(株)教配が製作した「稲むらの火」を一緒に上映をする案が出た。この映画は、1854年(江戸時代)安政南海地震による大津波が発生し紀伊半島を襲った。紀州有田郡広村の庄屋・五兵衛が自分の稲むらに火を放って、村人を大津波から救ったという実話を子ども向きに製作したアニメーションである。原作は「怪談」などを書いた明治の文豪・小泉八雲(ラフカデイオ・ハーン)が英文タイトル「A Living God]no」で発表した。「稲むらの火」の詳しい話はインターネットでも見る事ができる。
下の写真はこのアニメ映画のパンフレット
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来月、アンコール納涼上映会をやります
6月28日(木曜日)曇り
蒸し暑い日である。冷房の効いた部屋をちょっと出ただけでも汗がでてくる。
7月27日(金曜日)夜7時から「アンコール納涼上映会」と大げさなタイトルで上映会をすることになった。場所は友人の演出家・田代君の事務所兼スタジオで、中央区八丁堀にある1930年建築という恐ろしく年代物のビル2Fである。器用な田代君が作ったバーのカウンターもあり、年代物のビルに合わせたのか調度品も興味あるものが所狭く置いてある。「生ビールも飲めるよ」とお知らせしたので20名以上もお客さんが来てしまったらどうしようか。
4月のなかのZEROに観にこられなかった方にお知らせのメールを入れた。さっそく、俳協の朝田氏が電話をくれ、ナレーターの高島雅羅さんを連れて来てくれるそうだ。

文化庁編 日本の歌百選の本
6月27日(水曜日)晴れ暑い
まさに梅雨の晴れ間である。暑いわけだ31℃にもなったようだ。
帰宅したら「名作童謡ふしぎ物語」や「謎とき 名作童謡の誕生」を書いた作家の上田信道氏から一冊の本が送られて来た。上田氏はこの本を書いた時にお付き合いをさせてもらった。今年、文化庁が選んだ『~親から子、子から孫へ~親子で歌いつごう 日本の歌百選』を上田信道氏が解説出版した。この企画は、昨年,9月に一般に呼びかけ、6671通の応募から895曲が寄せられた。寄せられた歌は、童謡、文部省唱歌から最近のヒット曲までと巾の広いものだ。もちろん「早春賦」が選ばれた。
私たちの映画のテーマと文化庁の『~親から子、子から孫へ~親子で歌いつごう』がバッチリ融合した。上田信道氏に感謝の意を表したいと思います。早速、明日書店に何冊か注文します。
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インドネシア語版を持ってアチェへ
6月25日(月曜日)小雨のち曇り
少し肌寒い月曜日、新しい週のスタート。昨日、インドネシア語版のナレ取りが済み、日本語で話すシーンをインドネシア語に置き換えれば完成である。ナレーターのLilyさんに昨日スタジオで撮影した記念写真をメールで送ってあげる。すぐに、お礼のメールをいただいた。明日、彼女は休暇でインドネシアに帰国するそうだ。
 私たちはインドネシア語版を持って8月13日以降にアチェに行く予定でいる。その旨をDivaのお父さんであるDirhamにメールを送る
インドネシア語版ナレ取り
6月24日(日曜日)雨
雨がショボショボ降る神楽坂の昼下がりの日曜日。雨のせいか何時もの賑やかさがない。
神楽坂のスタジオでインドネシア語版のナレーション収録をする。ナレーターはリリイ・ユリアンテイさん。46分の長さの作品をほとんどNGなし、しかもテストなしだ。声もこの作品にぴったりの落ち着いた語り口になった。翻訳はインドネシア文化宮の大川氏にお任せ!「早春賦」インドネシア語訳を大川氏が書いてくれた。「ウグイス」はインドネシアにはいない。直訳すると「緑色の雀」だそうだ。笑ってしまう。
写真はスタジオでのナレ取りをするリリイさん。
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日中友好「笑歌観歌」の取材
6月23日(土曜日)晴れて心地よい朝陽
一昨日と昨日は友人程波さんから依頼されて彼の主宰する中国文化芸術センターの『日中友好「笑歌観歌」』というタイトルそのもの「笑い、歌、雑技」を一同にまとめた公演の記録撮影に行った。お客さんのほとんどが在日中国人の方々に観せる催しものだけに、観客が涙を出して笑う中国の漫才には我々スタッフはさっぱり理解出来なかった。
何と言っても圧巻は「京劇変面ショー」の二人の踊り手が踊りながら一瞬のうちに顔面を変えていく技術力と言うのか演技力には驚きだった。
昨日は3時間を休憩なしの撮影で立ったままで疲労困憊でした。 
文部科学省から選定をもらう
6月21日(木曜日)晴れ暑い
今朝、文部科学省から分厚い封筒が送られてきた。審査申請をしている「二つの故国をつなぐ歌」の審査結果がそろそろ連絡が来ると思っていた。「文部科学省選定」という通知文書が入っていた。結果は予想されていたが、社の皆から「おめでとうございます」との言葉が嬉しかった。このお墨付きが今後の上映活動に対して大きな励みとなること必至である。
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大町市長に上映の協力をお願いする
大町市は私が青春時代を過ごした所である。大町市へ行った用件の一つは上映会の開催について、市長や教育長に会い、上映会を強力にサポートしていただくことである。
私たち「上映委員会」の力強いブレーンの一人、塩原書店社長、塩原義夫さんが事前に多忙な市長や教育長にアポイントを取ってくれた。
昨日(月曜日)朝,9時に市長室へ伺うと、副市長の相澤氏、教育長の丸山氏、収入役の前田氏等の三役どころか四役に一度にお会いすることが出来た。こんなラッキーなことはない。映画上映への協力をサポートしていただけそうだ。
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写真は左が牛越市長、右が丸山教育長のお二人との間に挟まれて緊張する私。
 その後、大町高校のPTA会長の村山氏から上映に前向きな心強いメッセージをもらう。
さらに、大町市商工会議所、地元の新聞「大糸タイムス」の編集局長などに挨拶をかねた上映PR活動はハードな半日だった。
安曇野 大町市での上映会
6月19日(火曜日) 曇り蒸し暑い
昨日の夕方東京に戻った。早速、大町市での上映について書き込みをしようと文章を書いて
保存しようとしたらFC2への通信が多くて書き込みが出来なかった。19日の朝,やっと正常に戻ったようだ。17日、大町文化会館の下見をし、上映の設備などを確認した。会場は一階だけでも700人以上の観客が見る事ができる。これだけの大きな会場での上映会は圧巻であろう。上映会は8月26日(日曜日)を仮押さえをしている。
写真は大町市文化会館の会場 
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すばらしい日本晴れ
6月16日(土曜日)日本晴れ 暑くなりそうだ
今日、信州の大町と安曇野へ出かける。ことし何回目の信州行きだろうか。今回はの予定の最大の目的は大町での上映会への協力要請である。14時から母校,大町高校の同窓会総会。
夜,18時から中学時代のクラス会。明日は、上映会場の下見と上映委員会の実際の立ち上げであろう。月曜日は大町市の教育委員会、市長、副市長への表敬訪問である。
したがってブログの日誌も日曜日,月曜日はお休みさせてもらう。
Acehの職人たち
6月15日(金曜日)曇り後晴れ
昨日梅雨入り宣言したと思ったらもう今日はギラギラ輝く夏の陽射しだ。「昨日鳴いたカラスがもう笑った」のような感じ。気象庁は ”まずった” と悔しがっているかも。
 アチェはいつもぎんぎんぎらぎらの陽射しが降り注ぐ熱帯の地である。この時期の東京はアチェより蒸し暑いかもしれない。バンダアチェの空港に行く途中の街道にイスラムモスクの先端部分のあのキラキラ光る丸いドームを専門に作っている工房があった。職人たちが額に汗を流して、ステンレスの平たい板を曲げたり,金槌で叩いたりして器用に作業をしていた。アチェのドーム作りの職人は津波で相当数が亡くなり、この職人はジャワから出稼ぎに来ているとか。
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アチェ語が分からない
6月14日(木曜日)雨 
今日、どうやら関東でも梅雨入りの宣言が気象庁から出たようだ。来週の火曜日頃までぐずついた雨模様が続くようだ。インドネシア文化宮の大川さんが「二つの故国をつなぐ歌」のインドネシア語の翻訳が始まったようだ。「ようだ」というのは私たちはこの国の言葉はまるで分からないからお任せするしかない。例の問題の「NOVA]にはインドネシア語を教えるコースはないのだろうか。しかも、駅前留学出来るコースってないのかな。
大川さんから電話が入り作品の中で、Divaを探してくれた漁師のユスリザールさんが話すシーンは大川さんにも分からないそうだ。アチェの言葉であるからだ。インドネシアは多くの島から成立しているため行く先々言葉の壁にぶつかるようだ。

Acehでの上映会
6月13日(水曜日)晴れ 蒸し暑いが夜は涼しい
昨日の日誌を今朝書いている。出勤前である。昨日は大町高校同窓会の下準備の打ち合わせを中野でやった。食事が9時過ぎからだったので帰宅したのが12時を廻ってしまった。眠い!。
 インドネシア語版の上映を8月10日後、17日の独立記念日前に実現したい。確実に可能な上映会はサクラさんのホテルかもしれない。その他は国際交流基金が協力して作った上映会場があるそうだが未確認だ。これから詰めなくてはいけないことが沢山ある。
インドネシア語版製作が一歩前進
6月12日(火曜日)すばらしいお天気
今日の晴れ間は明日までとか。今週の半ばからどうやら梅雨いりになりそうだ。
インドネシア文化宮の大川さんから連絡で、NHK国際放送解説者リリィさんからインドネシア語版のナレーターをすることを正式に了承してくれたとのこと。これで、一歩前進した。リリィさんは今月の26日から休暇で一時帰国するから翻訳などの作業を始めなくてはならない。そして、スタジオは24日日曜日であるが押さえることが出来た。
六月の花嫁
6月11日(月曜日)雨のち晴れ
朝からの雨模様の月曜日になった。どうも週の出だしが雨だと暗い気分になる。
日本の6月は結婚式のシーズンでもある。いつの時代からだろうか。
私たちがアチェで結婚式を取材した1月6日、バンダアチェの最大のモスクは日本の結婚式場のように時間刻みのカップル誕生だった。
 6月の花嫁は生涯幸せになるとか。本当に疑問に思ってしまうが。もしかして、イスラムの1月のあの日は花嫁が一生涯幸せになる日だったのだろうか。
下の写真で花嫁を紹介します。結構厚化粧なのが気になった。20070611215233.jpg

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2回目のインドネシア文化宮での上映会
6月9日(土曜日)曇り夕方小雨
2回目のインドネシア文化宮での上映会をした。高田馬場駅のガードをすぐにくぐった通りに「栄通り」というにぎやかな路地があり、別名?富士大学の通りと言うのか。この路地はいつでも人通りが絶えない。トルコ料理、韓国料理、タイ料理、インド料理 ま~ アジア国際通りという方が似合う。その奥まった処にインドネシア文化宮がある。見た目はインドネシアの民芸品店である。ここの代表の大川氏はインドネシア語はベラベラで、インドネシアの衛星テレビ局「メトロTV]の日本支局長も兼務している。4月14日から「アチェ刺繍展」を開催し、上映会も開いていただいた。今日と来週の16日、土曜日に3回目の上映会を開き、刺繍展は閉会する。
 今日のお客様は京都産業大学外国学部、准教授の安田和彦先生、国際交流基金の佐藤万帆さん、NHK国際放送局のリリー・ユリアンテイさん、もうひと方はお名前を失念してしまいました。いわばバリバリのインドネシア通の皆さんである。我々の作品の他にインドネシア人映像作家の3作品を一挙4本立て上映会だった。「二つの故国」はトップに上映し、盛大な拍手を頂戴。ある方は、インドネシア語版を作るなら「早春賦」の歌(詩)をインドネシア語に翻訳してくれないかとの要望をいただいた。直訳は逆に難しいが意味をポエム風にすれば何とか理解出来るのかな~。しかし、「ウグイス」という鳥は向こうにはいないものね!と。
アチェのカツオ節
6月8日(金曜日)晴れ
インドネシア文化宮の大川さんからアチェにはカツオ節があると言われていた。しかし、町の市場でも見かけなかった。ある日郊外の村に立ち寄った時に一軒の雑貨屋でとうとう見つけた。確かにバンダアチェの漁港にはカツオが沢山水揚げされていた。冷凍設備のない郊外で魚の保存は干し魚しかない。見た目は日本のカツオ節だ。しかし、悪臭には鼻をつまみたくなった。どのようにして食べるのか聞きのがしてしまった。
パン屋さんのフランスパンのようにたてて置いてあった。
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アチェの子供
6月7日(木曜日)今日も真夏日
朝の天気予報だと昼間は雷雨があるとの事だったが晴れて,今日も25℃の真夏日になった。
ブログもこの何日かはアチェの事から離れていた。私はつとに子供好きなので、スナップ写真の中に子供のショットがある。この写真はバンダアチェのあるモスクで大きな集会があり、女性ばかりの集団がお祈りをしていた。大人に混じって3~4才ぐらいの可愛い女の子がいた。この子のご両親は熱心なイスラム教徒なのだろうか。20070607221801.jpg
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大人たちの長いお祈りに飽きてしまったのだろうか
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山形国際ドキュメンタリー映画祭の予選に通過できるか
6月6日(水曜日)晴れ 暑い夏だ!
山形国際ドキュメンタリー映画祭というメジャーな映画祭に出典を問い合わせたら,既に5月の末に締め切りだった。しかし、事務局のご好意で「今週中に提出していただければ間に合う」との事。この映画祭には二つのプログラムがあり「アジア千波万波」というプログラムならOK。条件はアジア在住の作家、映像のフォーマットも問わないそうだ。午後ずーとかかりきりになって提出書類を作成して夕方速達で送った。
 この映画祭は名前の通り、山形市で2年に一度開催される地方の映画祭として有名である。1989年(平成元年)に「山形国際ドキュメンタリー映画祭」は始まったそうだ。
 映画祭のおこりは、市制施行100周年記念事業のひとつとして創設。もうひとつは、“映画好き”の市民が多いという背景がありました。当時山形市の人口は25万あまり。その人口に対して、なんと11の映画館(現在は13館)があったということも大きく影響したと見られます。
 高名なドキュメンタリー映画監督の小川紳介(おがわ しんすけ)氏(1936-1992)の貴重なアドバイスがあったことが最大の理由です。氏は当時山形市の北隣の上山市を拠点に、代表作『ニッポン国古屋敷村』などの映画づくりをしていました。そんなことから、小川監督はじめ関係者の尽力によって、ドキュメンタリーに焦点を絞った映画祭が誕生したのです。毎回、世界の秀作ドキュメンタリー映画の鑑賞はもちろん、内外の映画監督や関係者との出会いや交流が楽しみなイベントとして定着しています。会場や街角では、参加者が映画の話題に花を咲かせる光景があちこちで見られ、「映画の都」は祭り一色になります。今年は10月4日(木)~10月11日(木)に開催される。予選を通過出来るか!楽しみがまた増えたことは確かである。
5月10日の上映会を紹介した「じゃかるた新聞」
6月5日(火曜日)曇り 蒸し暑い
午前中、飯田橋のスタジオで総会用のナレーション取りに立ち会ってから高田馬場のインドネシア宮に寄り、ジャカルタでの上映会の様子を載せた「じゃかるた新聞」をいただく。
上映会の記事は改めて現物を読んでみた。5月1日の上映予告と5月11日の上映の様子が書かれてあった。以下は新聞をスキヤニングしたものなので鮮明度にかける。
上映会の予告記事
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上映翌日の5月11日の記事 大使夫人がサクラさんに花束を渡す
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ガムラングループ・ランバンサリを観に行く
6月3日(日曜日)晴れ
昨日からの喉からきた風邪か、今ひとつ体調がさえない。
かねてから予定にしていたガムラングループ・ランバンサリ自主公演を日暮里サニーホールへ観に行く。4月22日のなかのゼロの上映会にグループのリアントさんご夫妻がわざわ来てくれた。それも「読売新聞を見たから」と来てくれて感激した。その時に今日の公演を教えていただいた。青銅楽器が奏でるガムランのリズムを初めて聴いた。また、優雅な舞はどこか日本舞踊に似ていた。第二部の最後に舞った「レンゲル グヌンサリ・・」は観客と一緒に踊るさまは陽気で楽しそうだった。阿波踊りのような感じもした。
写真は「撮影禁止」だったが私のブログへの紹介許して下さい。
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安曇野・大町市の上映規模
6月2日(土曜日)晴れ 爽やかだ
昨日から喉が痛いので耳鼻科に行く。井の頭線富士見が丘のS耳鼻科は先生一人で看護婦さんもいない。滅多に薬を出さないし、設備も昔ながらの「あーん喉を診ましょう」という感じだ。いわゆる赤ひげ先生ぽいのが好きで20年以上ものお付き合いをしている。
 所で、大町市文化会館での上映会を8月26日にしたのは、まず、7月は全く土日は空いていない。8月半ばはアチェでの上映会を考えているから最終土日が妥当になる。
 大町市文化会館の1階は800人から収容出来るスペースがある。全部を埋める自信はないが、同窓会の協力、教育委員会への協力を考えると8月が妥当なのか。
 今月,16日に大町高校の同窓会総会が開催される。私も出席を予定している。


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