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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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サリファ つなみをのりこえて” 出版を祝う会”
12月4日に「サリファ つなみをのりこえて」の出版を祝う会を開催する事になった。この12月には「早春賦劇場」という名のイベントが一昨年から開催されている。今年もその一環として「サリファ つなみをのりこえて」が出版されたことを機会に12月のスマトラ沖大津波6周年、そして、安曇野出身の作家・山本斐子さん、いろんな形でのコラボレーションが安曇野市交流学習センター ”みらい” で開催が決まった。この”ちらし”は年末の安曇野での話題作りになるだろう。
チラシのデザインは「サリファ つなみをのりこえて」のイラストを担当した「りえきのりえかきのえ」神崎利絵。

出版を祝う会チラシ_03

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アチェ報道写真展
昨日、12月26日インド洋大津波 5年についての報道がテレビニュース、新聞が報じていた。S新聞は「震源地近くで17万人が犠牲になったインドネシア・アチェ州のバンダアチェでの式典には2千人が出席し、挨拶したブデイオノ副大統領は「アチェの人々は立ち直り、新たな生活を手に入れた」と人々の努力をたたえた。
私自身はインドネシア文化宮(大川誠一氏主宰)で開催されている ”アチェ津波被災5周年報道写真展” に出かける。特に昨日26日は我が社が製作した「二つの故国をつなぐ歌」を含めた、「報道カメラマンが記録した津波の全貌」やアチェの若手監督・マウラナ・アクバールさんが制作した「津波の歌」が上映。しかし、世の中の人々には、5年前の津波被災の記憶から遠ざかっている。辛うじて2-3人お客さんが「報道写真」を観に来ていた。
この展示会開催は12月21日から2月27日まで。
 アチェ津波被災5周年報道写真展(写真提供:インドネシア文化宮)
アチェ展_IMG_2925.JPG


アチェ津波5周年と伊勢湾台風50周年
昭和34年9月26日は未曾有の風水害を引き起こした伊勢湾台風が襲来して50年にあたる。あの100才の双子のおばあさん、きんさん、ぎんさんが100才の誕生日の時に「100年生きていて、あんな怖かったことはね~」と言わせた100年に一度の伊勢湾台風は5000人以上の犠牲者を出した。   もっとも多かった被害は、満潮時と重なり高潮によるものだったそうだ。
50年前の今日、私は市ヶ谷の予備校に通う学生だった。私はその惨状を知って予備校の事務局に「予備校生にも募金を募ってくれないか」とかけ合った事を思い出した。翌日、事務局員は募金箱を持って生徒たちに募金を呼びかけていた。当時、何故私は一人でそんな呼びかけをしたのか思い出せない。

下の写真はアチェ津波の被害のシンンボルになっている豪邸。
流された豪邸 のコピー

そして、未だ、生々しく記憶に残っている、5年前の12月26日はインドネシア・アチェ沖を震源に起きた大地震による巨大津波は、伊勢湾台風の高潮とは違うが10メートルを越す巨大津波が襲来し、100年に一度の大災害を引き起こした。
12月26日、悲しみの津波2周年
12月26日(火曜日)晴れ、今日も暑い
2年前の2004年12月26日、朝、すごい大きな揺れと30数分後に来た巨大な津波、ニュースはアチェが地上から完全に消えてしまったと伝えた。
 そして、2006年12月26日、2年経ったアチェは、建築ラッシュである。
サクラファミリーも2年目の法要?が行われた。家にファミリーが集まりお祈りとコーランの唱和で始まった。
DSC_6604.JPG

その後、サクラファミリーの墓地に行き,津波でなくなったDivaの5才の妹Diraの冥福を祈った。Diraは津波から数ヶ月後に遺体で発見されたが、彼女であることの確証がない。DNA鑑定する術がないのだ。
DSC_6651.JPG

サクラファミリーの墓地の近くに、未だに身元不明の人々を葬る共同墓地がある。もしかしたら、
共同墓地に埋葬された中に、5才のDiraがいるかもしれない・・・サクラファミリーは共同墓地でもお祈りをした。2年経っても津波の悲しみはなくならない。
DSC_6669.JPG




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