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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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アチェ津波5周年
a href="http://blog-imgs-27.fc2.com/s/o/u/soushunfu/200909262030502fb.jpg" target="_blank">流された豪邸 のコピー

20070119221245.jpg

あの巨大な津波がインドネシア・スマトラ島のアチェに襲来したのは5年前、2004年12月26日の朝7時58分、マグニチュード9.3の猛烈な地震が起きた。その数十分後に巨大な津波が襲った。
私は当時,アチェといえばすぐに「サクラさん」の事を思い出した。5年前の今日、テレビのニュースはタイのプーケットでの津波襲来の映像を流し続けていた。肝心な震源地のアチェのことが一向にニュース映像として放映されなかった。首都バンダアチェの一報が放映されたのが、確か、正月明けだったろうか? その映像は衝撃的だった。町のメインストリートを濁流がものすごい勢いだ流れていた。濁流の中でもがく人、車から助けられる人だった。私は懇意にしている豊橋技術科学大学の星教授(当時は既に退官)に電話で現地の事を聞いてもらった。星先生はサクラさんの娘婿Dirhamさんが国費留学した時の担当教授だった方である。星先生はもっとアチェに詳しい本間教授を紹介してくれた。その後、二人の先生から情報がメールで毎日送られてきた。お二人の先生はアチェのシャクラヤ大学の先生たちとの太いパイプがあった。情報の中には「Dirhamさんの一家は全滅だろう」とか「Dirhamさんの子供たちは全員行方不明」とか不確かな情報があたかも確かな情報のようにメールに入って来る。
その後、時間と共にメール情報も少なくなり、サクラさんのことは半分諦めていた。私の大阪在住のイトコ(サクラさんとは母違いの姉)などは「もう諦めなさい.探すことはすべて手を尽くしたのだから」と言う。しかし、私は諦めていなかった。どのくらい経ってからだろうか。会社に突然国際電話があった。1回目は私が留守をしていた。2回目の電話を受けた。サクラさんの娘婿・Dirhamさんからだった。「サクラさんは無事である、私の末の娘が行方不明だ」という内容だった。
そして、私は決心した。「アチェに行ってみよう。この目でサクラさんの無事を確認したい」そして、豊橋技術大学の二人の先生、星教授、本間教授に再びお願いした。本間先生の教え子で日本語が上手いMrs エビータさんが3月末に休暇を取ってアチェに一緒に行ってくれると言う。Mrs エビータさんはメダン出身で、Dirhamさんも良く知っているとか。私の息子・昌剛(マサタカ)にも休暇を取らせて同行が決まり4月1日にシンガポール経由でスマトラ島のメダンでサクラさん、通訳のMrs エビータさんと合流。メダンの空港にはDirhamさん一家が出迎えてくれた。その中に未だ幼い「Divaちゃん」がいた。これが彼女と会った最初だった。はにかみながらインドネシア式の挨拶をした。ホテルにはサクラさんが私たち親子の来るのを待っていてくれた。私とサクラさんはしっかりと抱き合った。
サクラさん「マサアキさん、インドネシアのこと忘れていてくれたんですね。ありがとう」私は「忘れるものですか」  私はサクラさんの一言はこれから一生忘れられないだろう。
翌日、全員でバンダアチェに向かった。外務省のHPにはアチェは渡航禁止地域になっていた。
下の写真はサクラさんたちの家は津波で破壊された。
20070119221334.jpg

2006年12月26日 津波2周年のお墓参りの時。
DSC_6651.JPG


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インドネシア文化宮での上映
5月27日(日曜日)晴れ 夏日が続く
インドネシア文化宮のブログをのぞいて見てください。インドネシアが好きな方、興味の有る方必見のブログです。
4月14日か6.月16日までの期間『アチェ伝統刺繍文化展』が高田馬場にあるインドネシア文化宮でアチェの珍しい刺繍が展示されている。今回、「二つの故国をつなぐ歌」の追加上映会が6月9日、6月16日に行われます。同映画に加えて、新進気鋭のアチェ人ドキュメンタリー映画監督であるマウラナ・アクバール・カハール(Maulana Akbar Kahar・愛称モモンさん)氏の作品も同時上映します。日本初公開です。マウラナさんは、2004年12月26日にアチェを襲った巨大津波から奇跡的に生還。押し寄せる濁流を背後に必死に逃げ、高いビルに逃げ込むことで九死に一生を得た。モモンさんは、ジャカルタ芸術学院(IKJ)映画科卒業。州都バンダアチェを拠点にアチェ伝統文化の記録映画を精力的に製作中。2005年インドネシア・ドキュメンタリー映画祭において、作品「The Tsunami Song」で最優秀賞を受賞。


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