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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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サリファ ツナミをのりこえて
DSCF2046.jpg

とつぜん、あの「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」の主役だったDivaがインドネシア/スマトラ島を襲った大津波で生き残った時の話が子ども向けの本になって発売された。実は,突然でもなかったのであるが、今年の何時だったろうか作者の山本斐子さんから「汐文社」(ちょうぶんしゃ)から出版がやっと決まったと言う電話をもらい、続けて、5月にイラストレーターの神崎利絵さんが本の絵を書くことが決まった。
当時、アチェに救援に行った私が直接彼女から聞いた話を童話作家の山本斐子さんが書き下ろした。主人公のDivaはサリファはという名前に置き換えたが、もう一人の主人公サクラさんは実名のまま。
定価:1400円+消費税 今週10日から書店に並ぶようだ。

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Divaとサクラさんが主役の児童図書が出版決まる
昨日(9月1日)、インドネシア文化宮の大川さんから、サクラさんから電話があったそうだ。サクラさんは何時も、伝言をインドネシア語が堪能な大川さんを通じてくる。過日、児童文学の山本斐子さんが書いた仮題「はじめの一歩 ~津波から生還した少女の物語~」が、国土社から出版される事になった。山本さんから連絡をもらつた時、「嬉しい!やったたね・・」と。しかし、彼女は何時も冷静である。私は彼女とは対照的でつい嬉しさを爆発してしまう。彼女は「でも、これからが編集者とのやりとりが大変!」とのこと。サクラさんの電話では、本の中での名前サクラをどうぞ使ってくださいと吉丸さんや山本さんに伝えてくださいと言っていたそうだ。
   国土社は昭和12年創業。児童図書と教育図書の刊行ものを出版する老舗の出版社である。
私たちは12月5日に安曇野市で私が製作した映画の上映会の開催が決まった。その上映会で「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」と先頃完成した二作目のドキュメンタリー映画「語らずに死ねるか!」の二本立で上映する。    以後の写真はその時撮影したものである。

2007年12月23日,我々は映画「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」の取材にアチェを訪れた。偶然、アチェに到着した日、Divaちゃんの11才の誕生パーテイが開かれていた。サクラおばあちゃんが一番可愛がっている孫娘のひとりである。

ヂ?ぁ+さくら+私誕生日 のコピー

取材中、ふと寂しい表情を見せる時がある。
Diva寂しUP のコピー

出版が12月5 日に間に合えば絶対に売れると思うが、如何でしょうか。もし間に合わないのだったら予約チラシとポスターなどを会場に置きたいものである。安曇野や大町市を中心に500部は固いと思うが・・・・・

友人がアチェから帰国
友人の児童作家のYさんが無事帰国したと3日の夕方電話をもらった。滞在の最終日にサクラさんが食事に招待してくれたとか。私の友人と言う事で「もてなし」をしてくれたサクラさんの気持ちが嬉しい。
今回書き上げた小説の主人公のDivaちゃんとお姉さんのDaisyちゃんが大津波に遭遇し時の「数奇の体験」が元になっている。Yさんは「Divaちゃんとお姉さんのDaisyちゃんって美人ね!」と感嘆しきり。
下記の写真は2006年に来日した時に二人に上げた「ゆかた」をアチェの写真館でわざわざ撮影したものであるが、笑ってしまったのが着付けが逆になっていた。
DSC_0626.jpg

友人がアチェに行く
1ヶ月もこのブログに更新がないと自動的に広告ページになってしまう。現に今は広告が何点か掲載されている。今迄は私たちが製作した「語らずに死ねるか!」のブログと同じ内容のものを掲載して来た。ある時期から「語らずに・・」と分けるようになり、更新が途絶えていた。
  ところが、ほぼ1ヶ月前だったか友人の児童文学を書いているYさんから暑中休暇を利用してアチェに行きたいが・・・と言う相談を受けた・・・・・。
話は、約5年前にさかのぼる。
私がアチェの大津波の被害にあったサクラさん一家を見舞い、「Divaの奇妙な津波体験」を友人Yさんに児童小説(短編の)を書いてみないかと相談した経緯があった。そして、Yさんは私からの資料や自ら調査を続けて何回も書き直しては出版社に提案していた。しかし、思うように進展しなかったという。
ところが、最近ある出版社の編集者の目に留まった。ここまで書き込んでいるのに、無にするのは勿体ないのでは・・・”なぜ、今アチェの津波かが明確に表現できれば、出版を考えたいとのこと。
Yさんは「それには遅まきながらアチェに行くことだ」という結論に至ったそうだ。
明日、29日   Yさんはアチェに向けて出発する。たった3日間の短い時間にどれだけアチェの空気を吸って来る事が出来るのだろうか。


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