訪問者数
プロフィール

吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

RSSフィード

ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

義援金という名の善意
この所の私のブログの内容が日替わり的で統一性がない。今日も気が付くまま,見たままであるのをご勘弁下さい。
今日のS新聞の曾野綾子氏のコラムに拍手を送りたくなった。ハイチ地震への義援金のあり方に付いて書かれている。
 というのは5年前のアチェ大津波災害の時に私も某かの義援金をコンビにを通して送ったり,中越地震の時も映画上映で得た売り上げの何パーセントかを日本赤十字に送った。我々日本人が送った義援金は果たして災害に合った人々の手にチャンと渡っているのだろうか疑問に思うからだ。
S新聞に書いている曾野綾子氏は敬虔なクリスチャンとしての意見から書いている。ここからはその記事のが異様である。ーーーハイチの国民は「政府は何もしてくれない。仕事も必要な食料さえも供給してくれなかった」と現在完了形で語っている。ということはハイチの悲劇は地震以前から続いていて,地震によってそれがますます改善されなくなった。ハイチは世界でも最貧国の一つであり、もともと水道も電気も普及してなく,建物は地震でぺちゃんこに潰れてしまい国民はどうして良いか分からなかった。政府は地震と同時に消えていた。今,日本では募金活動が展開されている。しかしお金というものは、集めるよりも、それをもれなく使うほうがむずかしい。正直なところ日本で集めたお金の行き先と使われ方お、正確にドナーに事後調査して報告出来る組織はどれだけあるかと思う。ーーー
このことは氏もおなじ思いだったのだろう。また体験的にこう書いている。ーーーあるとき途上国に詳しい人と援助金を正確に被災者に渡すには、私たち自身が1ドル、10ドル、100ドルなどの紙幣をハラマキに入れて現地に持って行くしかないと笑った事がある。おばあさんが家を失ったと言えば100ドル、少年がなのも食べていないと言えば10ドル渡す。それ以外に義援金を確実に渡す方法はない。しかし、100ドルをもらったおばあさんは村の男に強奪される。他の人たちはウソをついて義援金をもらおうとする。そのうちにお金を持った私たちが強盗にお金を奪われる。
義援金を集めるのは簡単でも、それを使う方法の方が至難のわざだ。日本人は義援金の渡され方をもっと知るべきだーーー。アチェでも確か1長円近い義援金がいろんな義援金を受け取る団体に渡ったと聞いている。結局は30%以上もが渡す人々の手数料に消えたとか。

スポンサーサイト
阪神大震災15周年
今日、1月17日は阪神大震災が起きてから15年の月日が経った。あの15年前の事が思い起こされる。親友のN君が神戸市灘区に住んでいたノで、あの日はテレビニュースを見てすぐに電話をした。全く繋がらなかった。当時は携帯電話がまだ今の様に普及していなかったから、通信手段は家にある電話が唯一だった。その事をかいしゃの社員に話したら「公衆電話なら大丈夫ですよ.公衆電話の回線は非常時にも使える様になっていますから」本当だった。親友のN君の声が受話器から元気な声が聴こえたときは本当に嬉しかった。
TVニュースの映像は傾く高速道路、真っ赤に燃え上がる炎・・・忘れる事がないショッキングなものだった。
 
 先週の中米ハイチの大地震のニュースはまた悲惨である。10万人とも15万人とも言われる死亡者の数には驚かされる。しかし、無知なことに、私はハイチと言ってもすぐにどの辺りに位置するか分からない。
地図を載せてみた。アメリカ/フロリダ半島の先の方にある小さな島国である。1804年に独立したラテンアメリカ初の国家。アメリカ大陸で二番目の国家であり、世界初の黒人による共和制国家とか。独立以来現在まで混乱が続いているそうだ。
haiti-1.gif

新聞などの報道によると、3階建てのビルがパンケーキのように潰れている。殆どが日干しレンガを積み上げる工法だから、鉄筋などがないようだ。これでは、ビルごと人も押しつぶされて当然のような気がする。世界の最貧国の一つに数えられる国などには耐震構造建造など論じても無駄に等しい。
昨年、12月にインドネシア・スマトラ沖の地震津波5周年だったが、先年、スマトラ・アチェで地震被害の後の復興工事を取材した。写真はアチェでもしレンガを使っている工法だった。鉄筋を僅かに使っているのが分かるが、再び大震災があった場合本当に大丈夫か?「災害は忘れた頃に来る」の言葉を今またじっくり反復する事が重要である。
DSC_6637.jpg

DSC_6638.jpg

池田町の上映会の新聞記事
64信濃毎日-1
 長野県では購読者が最も多い新聞「信濃毎日新聞』に上記のような記事が6月4日の朝刊に掲載された。反応がすごかったそうだ。掲載された日、映画上映会の主催者でもある「上原良司の灯を守る会」の師岡昭二さんに電話を入れると嬉しい悲鳴が電話の向こうから聞こえた。連絡先が師岡昭二さんになっているために朝早くから電話があちこちからかかってきたとか。
”見出しが「早春賦」の孫らが制作”と書かれてしまった。安曇野では仕方がないのだろうか。
アンケートの内容(1)
なかのゼロでの上映会には4月4日の読売新聞朝刊を見て来ていただいた方からのアンケートが28枚もあったのには嬉しかった。アンケートを出していない方も随分いるのではないだろうか。

総じて多い意見は 「戦地の話を聞きたかった」、年齢の高い方は「もっと証言をいれてもらいたかった」である。36才の方「イドロギーに左右されず、戦前の人の生の声をそのまま、残そうとする姿勢が良かった」、「もう何年も前、早く、こういう映画を見たかった」、45才の方「こういったお話を聞く機会はなかったので大変感銘を受けた」、「以前より戦争体験について、生の声を聞かせていただきたいと思っていた」、「本当にすばらしい内容でした」、「兵士さんが日本を愛していたことが印象に残った」、30代の方「回天や蚊龍の存在自体を知らなかったという人が多いようだ。証言者たちの表情とともに実に意義の大きい映画作品と受け止めた」、昭和6年生まれの女性「是非是非、この運動を進めていただきたい」。28枚のアンケートを全部紹介しきれないのが残念であるが、新聞を見て、わずわざ会場にきていただいた方に感謝致します。
明日以降は、あらかじめ予約を入れていただいた方々のアンケートを紹介したい。
新聞の効果は大きい
4月4日に私たちの製作した映画の記事が読売新聞の朝刊に掲載されたことは、既に2回ほどブログに書いた。4日は土曜日と言う事で電話の問い合わせがあった時の対応が気になった。幸い、たまたま、午後から出社した者がいたために何とか出来た。
月曜日、早めに出社すると次からつぎへと電話が鳴る。電話の主はやはり予想通りお年寄りの方が多い。私が受けた方は多分新聞を見ながらかけているようだ 「あ~10日は、私、音楽関係の仕事をしている、82才ですが、あ~ダメだ.この日は夜から練習があるな~ 12日は と・・・ダメだこの日はコンサートの本番なんですよ。」 私「じゃーダメじゃないですか。 また、上映会のチャンス作りますから、是非次回、また電話下さい」 また、こんな電話も「もしもし、私の父が取材されたのですが、映画に出てますか? 」娘さんとか。「お名前は?XXさんですか?  担当の者が他の電話に出ていますから」と。再び電話が鳴る。同じXXさんからである。「父が出演してますか? 残念ながら出演していませんね。じゃ~さっき2名予約しましたが、キャンセルさせてください」   だ~! 参った。
しかし、新聞の力はまだまだ、侮れない。今日も一日 何回か電話が鳴った。「なかのゼロはどうやって行くのですか」という問い合わせがあrった。私どもは必ずこのように説明する事にしている。
「お名前は?何日の,何時が良いですか。チケットは確保しておきます」と言うようにしている。どうしても、10日は19時と12日は14時に集中している。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。