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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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銃後の守り   その2
上原清子さん(82才)は、神風特攻隊で亡くなった兄・良司や二人の兄に代わって語り部として後世に語り継いできた。
父・寅太郎は陸軍軍医(大尉)として、母のよし江は国防婦人会に参加する良妻賢母の手本のような主婦だった。上原清子さんには三人の兄が、清子の下に妹がいた。長兄の吉春と次兄は慶応大学の医学部を出て、いずれも軍医で三男の良司は慶応大学の経済学部に進んだ。そんな、何に不自由なく親子7人が信州の安曇野に暮らしていた。
その後、軍医とし従軍していた長兄がビルマで戦病死。跡取りと考えていた長兄の代わりに清子が女子医専に進み、跡取りになるように父は考えた。さらに、潜水艦の軍医だった次兄も米軍の攻撃より、艦もろとも戦死。三男の良司も21才の時、学徒出陣で松本連隊から熊谷航空学校に入校。そして、20年3月目達原で特攻隊に選ばれ、知覧から帰らぬ人になった。良司は知覧で親しくしていた報道班員の高木に後に有名な「所感(遺書)」を預けた。こうして、「銃後の守り」を固めていた上原家の女性たちも戦争によって運命の歯車が狂っていった。
兄の良司について語る上原清子さん。
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