訪問者数
プロフィール

吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

RSSフィード

ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦地 Wewakの想い出
先週の金曜日、2週間ぶりの雨の日。寒くて凍るような雨だった。今年も、恒例の新年会を開催した。そんな悪天候の中を、昨年、仕事関係でお世話になったスタッフ、スタジオ、ナレーション事務所の関係者が来てくれた。フリーのカメラマンや演出家、かつて我が社にいたスタッフもいた。
 30年前のこの時期、私は38才、フリーカメラマンだった。フリーカメラマンとは名ばかりで仕事もなく、将来に対して夢も希望もない日々だった。もうこの家業から足を洗うか、どうしようか岐路に立たされていた。そんな時、日の出の勢いだった牛山純一氏率いる「映像記録センター」から声がかかったのが「すばらしい世界旅行」~パプア・ニューギニア セピック川探検源流から河口まで~のドキュメンタリー番組の撮影担当の依頼だった。昨年、その頃の話の一部を10月、11月にブログに載せたことはご記憶の方もおられると思います。
  昨日、姉から封書が送られてきた。「あなたが30年前に送ってくれたニューギニアからの手紙です。差出人、本人に渡した方が良いと思いました。あなた本人の歴史でもあるし記録でもあるから受け取ってくれ」と。懐かしくて思わず自分の書いた手紙を読んでみた。当時の取材の苦労話が書かれているのでブログに載せたいと思う。先ずはニューギニアの地図から紹介しよう。
地図
姉に送った1通目の手紙である。4月30日と書いてある。『早いもので、ニューギニアに来て1ヶ月を経過しました。始めは暑さで食欲はなし何もかも気だるくやる気がでない。しかし、体も時間がたつにつれて慣れてきて今は元気いっぱいです。心配しないで下さい。現在、休養と次の撮影地に行くための準備でWewakにいます。(地図を参照)久しぶりに寝るベッドと温かいシャワー、うまい肉、感激で涙が出るくらいです。1ヶ月過ごした村は比較的文化の入った所でしたが水はない電気はない、美人の子はいない、全てはないないづくしです。連中も芋類だけで、それも煮るか焼くかだけ、味もしないものを1年中たべているのです。Wewakに戻る前の日にお別れパーテイをやりました。生きた雄鶏を1羽もらい、ヤムイモ入りのチキンシチューを作りました。村人は「美味いうまい」とこの世の中にこんな美味いものがあるのかと大喜びでした。この村は連合軍と日本軍が戦った場所で(Wewakから車で3時間の町Mapricからさらに徒歩1時間の村Neligum村)
日本軍の手伝いをしたという老人もいて、日本の唱歌を聞く事ができました。日本兵も親切にしてくれ食料も提供したようです。村はずれには銃やヘルメットの錆びたものがあり、それを見るにつけ胸がしめつけられる思いです。5月5日いよいよ、マラリヤ蚊が沢山いるセピック中流の村に行きます。45日間の予定です。足がないので教会のセスナ機で入り、カヌーでセピックを下ります。そんなこともあって音信は不通になります。6月5日ごろWewakに戻ります』と結んでいた。
下の写真はヤム芋の祭りに使うお面。
お面
私が右、左側の男が旧日本兵に仕えたクッキングボーイだった男。この面は今でも私の家にある。
お面作り


スポンサーサイト


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。