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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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海外戦没者の遺骨収集
先週の金曜日、インドネシア文化宮の大川氏を交えた「忘年会」をやった。大川氏は「インドネシアの西イリアンや東ニューギニアでは、今でも第二次大戦で亡くなった兵士7万人もの遺骨が、戦後63年も経つ現在、未帰還のままでいる・・・・」と熱く語っていた。偶然にも産經新聞の今日の「明解要解」(12月24日)というコーナーで ”停滞する海外戦没者の遺骨収集”が特集されていた。
写真は地域別戦没者の一覧地図(12月24日付け 産經新聞「明解要解」より)
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その記事は「政府が行なう海外戦没者(240万人)の遺骨収集は戦後60余年が過ぎ、関係者の高齢化、情報の減少で先細りになるばかり。現状打破のため民間委託など新たな枠組みを求める動きも出てきた。約115万人の遺骨は今も未帰還のまま。帰郷を願う英霊の声は現代の日本人に届くだろうか。」 115万人もの兵士たちの数の多さにあらためて驚いた。誰しもがどうしてなのかと聞く。
戦後、昭和27年からスタートした遺骨収集事業は厚生労働省外事室と戦友、遺族らが中心になって派遣団が相手国の承認を得てから遺骨収集を行なうという方策が行なわれてきたそうだ。
大川氏にもある遺族から「私の父が亡くなったという場所を一度で良いから訪れたい」という問い合わせがあったとのこと。私もかつて取材で訪れたパプアニューギニアのウェワクの郊外のジャングルに足を踏み入れた時に旧日本兵の水筒やヘルメットが手つかずで転がっていた事を記憶している。
国のために命をかけた旧日本兵士たちの慰霊を何時慰められる日がくるのだろうか。亡くなった兵士たちの遺族の子たちも老齢になり、その孫たちは祖父がどのようにして戦い、亡くなったのか・・・時間と共にその末裔たちからも忘れられて行く。残された時間は少ない。

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