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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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人間魚雷  回天 その3
山口県の旧徳山市(現周南市)。9日の日曜日、この港から瀬戸内海に浮かぶ大津島で開かれる「人間魚雷・回天」の慰霊祭を取材した。我々が製作する映画の主人公のひとりである猪熊得郎氏。兄の猪熊房蔵氏は人間魚雷回天の白龍隊で、どのような訓練を受け、いつ出陣し、何処で亡くなったかを20数年前から執拗に追い続けているという。仲が良かったという兄の終焉を知ろうとするのは当然なのかも知れない。氏は毎年、この慰霊祭に参加している。兄の猪熊氏は昭和20年3月24日、沖縄ケラマ海域で消息を絶った。ここまでを弟の猪熊氏の執念で突き止めた。
猪熊房蔵氏(享年18才)の数少ない肖像写真。
戦死した猪熊房蔵氏
大津島には回天のシンボル的建造物が今も現存している。猪熊氏とツーショットで。
猪熊さんと記念写真
映画で製作された寸分大の「回天」レプリカが徳山港の船着き場に展示されている。
回天の模型
そもそも「回天」とは太平洋戦争末期?天を回らし 戦局を逆転させる?という願いをこめて 昭和18年夏人間魚雷「回天」は誕生した。魚雷に大量の爆薬を搭載し隊員自らが操縦して敵艦に体当たりするという特攻兵器である。
大津島は「回天」を数少ない島の観光事業として島おこしに役立てている。平和な日本だからか?発射練習場跡はこの島のシンボルとして観光客が必ず訪れる。
大津島シンボル回天練習所1
夕方近くまで、一日中曇りだったが、雲間から日が射した。
夕方の発射場JPG

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