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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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戦場体験放映保存の会
今私は「戦場体験放映保存の会」という戦場を体験した事がない若い世代(戦争を知らない世代)の人たちとお付き合いしている。彼らは無償で自発的に「戦場を体験した元兵士の人たち」からビデオによる映像と音声でインタビューして保存する会なのである。私たちはこの保存の会と平成20年度2回目の文化庁へ助成金要望をする映画を共同製作する。
私たちの映画でもインドネシアで戦争を体験した人たちと知り合うきっかけを作れた。今回は保存の会と私たちははじめて一緒に群馬県の高崎と前橋に取材した。高崎と言えばやはり竹田悦三さんを忘れてはいけない。我々の映画に出ている竹田さんはサクラさんとの出会いを実現してくれた恩人である。竹田さんは昭和19年に陸軍士官学校に卒業し、スマトラのメダンからアチェに赴任した。しかも、近衛歩兵第2連隊の連隊軍旗の旗手をしていた。保存の会としても「連隊旗手」のインタビューは貴重な証言のはずである。竹田さんは連隊の旗手を任命するという辞令をもらい「正直な所,極めて厄介なものを預かってしまった」と思ったそうだ。しかも、この連隊旗は明治20年に連隊に与えられ、天皇の分身であるので取り扱いに慎重を要した。連隊長は軍旗とともに命運を共にしなければならなかった。昭和20年8月15日の敗戦で「軍旗は現地で奉還する趣旨で、現地で焼却せよ」という軍命令で焼かられために連隊長も竹田さんも命拾いしたそうだ。
その後、前橋に移動して保存の会の方が段取りしてくれた3名の元兵士に聞いた。ほとんどが80才から90才近い。しかし、彼らは記憶も確かで元気な事にビックリする。
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