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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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映画製作をバックで支えた飯島紀子さんの死去
映画をバックで支えてくれた飯島紀子さん逝く
1月29日にお通夜、30日は納棺と告別式だった。29日の夕方から深々と降り続く、細かな雪が音もなく、容赦なく辺りを白く化粧をしてゆく。私は友の葬儀に参列するため、雪が降りしきる故郷へ出かけた。
友人の飯島紀子さん、と言ってもご存じないかもしれない。私の高校時代からの同級生であり、親友である。彼女は芸術に造詣が深く、自らも絵を描き「一水会」会員で数々の賞を手に入れている。5-6年前だったか直腸ガンに罹り、肝臓、そして、ガンは肺にまで転移し、西洋医学からは見放されていた。しかし、飯島紀子さんの「生への努力」は、いろんな自然療法に挑戦したが、1年もたなかった。2005年津波後はじめて私はインドネシア・アチェを訪れた。飯島紀子さんは手持ちの500米ドルを寄贈してくれた。「私の体はもう海外へ行く体力も無くなってしまいました。このお金をアチェの人たちのために有意義に使って下さい」と。昨年、4月の東京龍光寺上映会、安曇野での上映会、8月の暑い上映会ではガンに冒された体をひきづる様にしてご夫妻と娘さんご夫婦の4人で会場に来てくれた。彼女は「三回も観ちゃった。何回観ても涙が出ちゃうね」と言っていたのが印象的だった。
我が家に戻った翌日、庭の紅梅が一輪が咲いた。飯島紀子さんの「涙」なのか。真っ赤な花びらが美しい。その隣には「蝋梅」が黄色い蝋細工のように花をつけていた。
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