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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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日本軍の戦跡を見る
10月8日 体育の日で祝日
体育の日といえば10月10日だった。何時からだろうか。私たち東京オリンピックを知る世代にとって、10月10日に戻してもらいたいものである。前日までザーザー降りの雨が10月10日の朝最高の日本晴れだった。抜けるような青空の中を聖火が点火されたことが忘れられない。その日は1964年(昭和39年)10月10日だった。

さて、ウエ島シリーズ4回目は旧日本軍が遺した戦跡について書いてみた。サバンの町の小高い場所に日本人の墓地がある。鉄条網で囲まれて、草がぼうぼうと生えて荒れ果てていた。
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大正時代に没した人、大東亜戦争で戦死した人、中でも目を引いたのは入り口に近い所に建立された記念の墓石だ。こう書かれていた「昭和18年9月11日、インド洋哨戒の帰途ナンコウリ島東方海上の積乱雲の中に消えし佐藤隊の思い出のために」と。佐藤大尉以下6名の人たちが連名で書かれていた。昭和54年に建立され、金文字で鮮やかに書かれてある。佐藤大尉のご両親が建てたと思われる。
20071008161443.jpg

また、草蒸した墓地の中程にはこれも記念碑なのか。昭和19年2月11日建立。10910部隊市井隊建立と書かれていた。
20071008161418.jpg

昭和19年に建立と言う事は戦時中に戦友たちが建てたのだろうか。荒れ果てた墓地を見るにつけ、時間と共にこうして外地で眠っている方々のことを忘れ去られてしまうのかと思うと、たまらない気持ちで墓地をあとにした。
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