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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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アチェに骨を埋めた日本人
10月1日(月曜日)曇り
相変わらず今日も寒い。細かい雨が降っている。
次回の企画の中に考えられるシーンがある。インドネシアもかつてはオランダの植民地だった。そんな植民地と商売をしていた日本人が大勢いた。中には貿易会社の社員だったり、一旗上げようと大志を抱いて渡って来た人もいた。
州都バンダアチェの中心部に大きな墓地がある。「Krkhof Peutjoet」と呼ばれている。オランダ語で墓地と言うそうだ。この墓地には日本がスマトラに上陸して軍政を敷く前、1873年から1942年の間にアチェで亡くなったオランダ人が2200人も埋葬されている。

そのほとんどの人はオランダ軍の指揮官だったり兵士だったりする。この墓地には大正時代に亡くなった日本人も含まれていた。墓石には熊本や長崎の地名がかすれ風化した漢字で書かれていた。

アムリさん一家でこの墓地を17年間も守ってきた。アムリさんにサクラさんの話をしたら
時々、ここで花の盆栽?を買ってくれるそうだ。写真にもあるように墓地に入った所に沢山の花が鉢に植えられていた。


アムリさん一家の記念写真(写真はサクラさんに送ったので多分届けてくれただろう)
注:文章はインドネシア文化宮ブログ「アチェに死す-1」より参照

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