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吉丸 昌昭

Author:吉丸 昌昭
ドキュメンタリーの重鎮だった牛山純一氏の率いる日本映像記録センターに所属し、「すばらしい世界旅行」や「知られざる世界」などドキュメンタリー番組のカメラマンとして世界各国を取材。現在は、映像製作会社の代表プロデユーサーである。

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ドキュメンタリー映画「二つの故国をつなぐ歌」              その後の反響は
「二つの故国をつなぐ歌~Diva早春賦をうたう~」 このブログでは製作時のこぼれ話や上映後の反響などをご紹介していきます 。
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安曇野の善意は津波で孤児になった子どもたちへ
サクラさんたちと協議した結果、安曇野の善意の品物はサクラさんの長男Donyさんが知っているというBanda Acehの「MARKAZ AL-ISHLAH」マルカス・アルイスラフという孤児院に皆で行った。津波で両親を亡くした子どもたちが男女合わせて119名(うち女の子は44人)のかなり大きな孤児院だ。帰る時に孤児院の責任者の方がサクラさんの長男Donyさんが津波以後5回ほど食料などを届けていると言ってた。そんな関係だったようだ。
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私たちがこの孤児院に伺った時,ちょうど子どもたちは全員がお祈りをする前だった。私たちはお祈りが済むまで、しばらく外で待った。私の預かった安曇野からの品物以外に,サクラさんも食料品、お菓子、ジュースなどを持って来てくれた。
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 お祈りする前に手足、顔を洗う
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 コーランを運ぶ子ども
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 二階の集会場に上がる階段の下には沢山のゴムぞうりが脱いであった。
お祈りが終わり、子どもたちと一緒に孤児院の責任者が集会場から降りて来て挨拶を交わした。

サクラさんやDivaちゃんも一緒に安曇野で預かったシオリや鉛筆を渡した。20070917173847.jpg

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お別れ際に子どもたちと一緒に記念写真を撮影した。外にある集会所(別の)には、一度に多くの子どもが集まったため記念写真のシャッターを押す瞬間に「バキッ」という音とともに床が抜けてしまった。私やサクラさんは「あれ!」という顔の表情がおもしろい。Divaは平然としている。彼女は何事にも動じないのだろうか・・・
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床が抜けてしまった集会所
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施設を訪れた時からDivaのお母さんの表情が暗かった。彼女は施設の中を見ている姿が印象的だったと同行の長尾君が言う。「津波で亡くなった子Diraがいるのでは・・」あの津波で亡くなって、今年の12月が来ると早くも3年になる。

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